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選ばれし者が読むブログ

選ばれし者が読むブログ。略して「エラブロ」

青春とは一体何なのか。

青春とは一体何なのか。

俗に映画やドラマで描かれる青春は何かキラキラしている。

人が悩みや葛藤を抱えながら、それでもひたむきに前を向いて生きようとする、そんな生命力の高揚らしき場面が描かれている場合が多い。

 

 

しかし、あんなものは商業化された客寄せのひとつであり、つまりは金儲けのための偽物、作り物である。

事実とは遠くかけ離れている。

 

騙されてそんなものにお金を落としてはいけない。お金を払ってまで嘘を教えられることになる。

 

だいたい、青春なんていう名前がすでに嘘くさい響きを充満させている。

 

青い春、と書いて青春。何も知らない、未熟なものは何かしら爽やかな甘酸っぱいものを想像してしまっても不思議ではない。

 

実際の青春とは、全く逆で、ひどく恥ずかしく、腐りきった卵のように腐敗臭を放つ禍々しい妖力を放つ代物である。ただの恥部に他ならない。

 

 

1つの例として、私の大学生の頃の青春をここに描写してみよう。

 

当時、大学になんのために通っていたのか?

ゲームをしに行くためである。当時流行っていたサッカーゲーム

 

今日はどんなチームを使ってどんなシュートを決めてやろうかと考えながら朝の支度をし、電車に乗り込む。

 

今日はなんの授業があるのか、一体どの教室でいつから行われるのかさっぱりわからない。

 

とにかく大学に通っている、という風情を出しておかないと親がうるさい。

 

友達の家に居座り、ひたすらゲームに明け暮れる。

テストがいつ行われるのか分からないので、たまに授業に潜り込んでしっかり勉強していそうな人に話しかけ、テストの期日と内容を事細かに教えてもらう。

 

家に帰るとバイトに明け暮れる。コンビニの夜勤のバイトは昼間眠たくなる。

 

翌日にはまた友達の家に転がり込み、半分寝ながらまたゲームをする。

 

酒なんて大して飲めないし、飲みたくもないのに、飲み会と言われれば参加する。

如何にも酒を飲んでバカ騒ぎするのが好きなように友達に語る。実際はそんなの疲れるだけだ。 

 

たまに友達と旅行に出かける。

 

類は友を呼ぶ。

アホな友達ばかりなので、旅行の詳細な計画は一切なし。取り敢えず東尋坊に向かおうという話になって向かってみる。

 

アホが4人、なんの感慨もなく切り立った崖の上にポツンと立つ。

 

この場所の何がどう凄いのかもよく分からない。

「なぜこれがこんなに有名な場所なの?」

自然と湧き出る疑問を必死に飲み込み、ただ感慨深いフリをして突っ立つ。

 

若い私には東尋坊の見方、楽しみ方がさっぱり分からない。

 

 

とにかく大学という青春時代に仲間と旅行して東尋坊を訪れた、そういった事実が欲しかっただけかもしれない。

 

帰りに訳のわからない安い猫の置物を土産として買う。もちろん自分の部屋に飾るためである。もはや土産であるのかも怪しい。

 

旅の途中で何かしらワクワクする出会いを期待していたりするが、そんなことある訳がない。

 

アニメやドラマではないのだ。

 

無駄に時間とお金を浪費して、ただ疲労した体で家に帰ってくる。

 

二日酔いの頭で朝日を眺めて、 何かしら思うことは、ただ疲れた。それだけである。そして、苦労してバイトで稼いだ僅かな貯金が減ってしまった、と思う。

 

その他には汚い猫の置物が部屋に増えただけ。数ヶ月もすればさらにみすぼらしく埃をかぶっているだろう。

 

 

青春。青い春。

 

名前だけは立派だか、実際はそれはそれはくだらない、ただの人生の迷走期間である。

 

青春の頃に戻りたい、なんて言ってしまう人はきっとまともな青春を過ごして来なかったから、青春の本当の姿を知らないのだろうと思う。

 

あんなものになんの感慨もない。ただただ熱にうなされたようにあっちこっちにフラフラ彷徨っているだけの期間である。

 

 騙されてはいけない。

過度に期待してはいけない。

 

青春なんて綺麗な言葉に騙されて、楽しむことに受動的になってはいけない。

 

若い時が青春だなんて言葉は嘘だ。

 

どんな時でも心から楽しむためには相応の努力が必要だ。

 

私のように青春という人生のひと時に過剰に期待して、努力を怠ってただフラフラとその時に思い付くことをしていてはいけない。

 

積極的に自ら楽しいことを求めていかないと充実した若い時は送れない。

 

青春なんて腐り切っている、あんなものは嘘だと思っている方が、もっとその時を楽しむことができるのではないか。

 

 

 

 

今私の前で通りがけに楽しそうに話している大学生の二人組を見て、私はそう教えてあげたい。